三之瀬御本陣芸術文化館さんのせごほんじんげいじゅつぶんかかん(須田国太郎常設展示館)


三之瀬御本陣芸術文化館は、独立美術協会の重鎮として活躍した須田国太郎の作品を中心に、日本近現代の芸術家の作品を展示しています。
また建物は、江戸時代に対馬藩一行など多くの要人が宿泊所として使用した歴史と趣きのある「本陣」の外観を復元したものです。




展示案内

「須田国太郎と京都ゆかりの芸術家」

 2023年2月8日(水)~ 4月17日(月)

  チラシ(おもてうら

 京都洋画壇の重鎮、須田国太郎(1891-1961)。京都に生まれ、生涯この地を拠点に活動を行い、数多くの作品を生み出しました。本展では、須田国太郎とあわせて、同時代に活躍した京都ゆかりの芸術家を紹介し、須田の生きた時代背景とともに巡ります。

【須田国太郎】
 須田が画家として世に出たのは、 1932(昭和7)年に開催した初個展がきっかけで、この時41歳でした。遅咲きですが、油絵を描きはじめたのは19歳の頃で独学でした。京都帝国大学(現・京都大学)で美学・美術史を学び、「写実主義」や「絵画の理論と技巧」を研究テーマに励み、在学中は関西美術院にも入学してデッサンを学びました。
 1919(大正8)年からスペインを拠点に4年間留学。模写を通して、また多くの国や都市を訪問して美術文化に触れ、西洋美術の見識を深めました。その後、美術史講師、学者としての道を歩みながら制作を続けました。これは、画家として開花する土壌であったと言えます。
 深い西洋的教養と、古都京都で育まれた東洋的な体質に裏付けられた、独特な世界観を須田は作品に昇華させていきました。

【京都ゆかりの芸術家】
 京都生まれの洋画家、里見勝蔵(1895-1981)。1930(昭和5)年に独立美術協会を創立した一人で、フォーブ運動を展開した画家です。須田の初個展では画才を見出し、彼を独立美術協会に紹介して、画家への道を後押ししました。
 その独立美術協会で須田と同期会員になった小林和作(1888-1974)。京都市立絵画専門学校(現・京都市立芸術大学)日本画科を卒業し、修行時代を長く京都で過ごします。小林の勧めで、須田は日本画も多く手がけるようになり、互いに影響を与えながら、生涯を通して親交を深めました。
 この他、須田の関西美術院時代に研究生として共に学んだ向井潤吉(1901-1995)や一緒に展覧会を開催した画家たちをはじめ、京都市立美術大学開学時[1950(昭和25)年]に須田と同じく教授に就任し、京都での文化振興に尽くした陶芸家の富本憲吉(1886-1963)など、京都ゆかりの芸術家の作品を紹介します。



須田国太郎 「花と鳥」 1941-44年 油彩・キャンバス


須田国太郎 「大和室生寺十一面観音像」 1951年 油彩・紙




里見勝蔵 「イビサ風景」 制作年不詳 油彩・キャンバス


富本憲吉 「色絵染付梅と竹模様瓶」 1952年 磁器




姫駕籠

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