三之瀬御本陣芸術文化館さんのせごほんじんげいじゅつぶんかかん


三之瀬御本陣芸術文化館は、独立美術協会の重鎮として活躍した須田国太郎の作品、また1920年代からの日本美術の作家の作品を展示しています。 また建物は、江戸時代に対馬藩一行が宿泊所として使用した歴史と趣きのある「本陣」の外観を復元したものです。

展示案内

平成31年2月13日(水)~4月8日(月)

「躍動するかたち — 人・もの・風景 — 須田国太郎 & 洋画家たち」


 本展では、当館の所蔵するコレクションの中から須田国太郎を中心に、日本近代美術の画家たちそれぞれの“躍動するかたち”を人・もの・風景のジャンルでご紹介いたします。
 須田国太郎(1891?1961)は京都帝国大学(現・京都大学)の哲学科で美術史・美学を専攻しその後も研究者としての活躍が主でしたが、「絵画と理論と技巧」の研究から独学で油絵をはじめ、41歳で画壇デビューを果たした異色の画家の一人である。
 28歳から4年間スペインを拠点に渡欧した須田は、ルネッサンス期ヴェネチア派のティントレット(1518?1594)やそれに影響を受けたスペインの巨匠、エル・グレコ(1541?1614)やフランシスコ・デ・ゴヤ(1746?1828)の模写を通して西洋の古典油彩技法を学びました。その影響からか作品は全体的に黒や、茶褐色を用いたものが多く、通常これらの色味はヴェネチア派が活躍した前後の古典技法において油絵の描き始めに用いられ、画面に安定感と落ち着きを与える効果が高いものです。須田の絵にもこうした影響が見受けられますが、それだけに留まらない落ち着きの中にも勢いを帯びた躍動感があるのが特徴です。
 その理由の一つは明部(光)と暗部(影)の対比をデフォルメした明暗法による空間作りやナイフを駆使した力強い絵の具の置き方や引っ掻き、勢いのある筆運び、その試行錯誤による油絵の具特有のマチエール、それらの集積が須田独自の躍動する形を生み出しているからです。
 さらに須田が所属していた独立美術協会を中心に、この時代日本では、フランスで台頭し世界的な美術潮流となったフォーヴィズムの影響も強く受けていました。それは目に映る形、色、構図にとらわれることなく、画家の主観的な感覚を心で感じたまま、自由に激しい筆致や原色を多用した大胆な色使いで表現されました。こうした心の色、形、構図もまた作品に“躍動するかたち”を生み出しました。これらに影響を受けた他13名の洋画家たちの表現と比較しながら、それぞれの“躍動するかたち”をお楽しみいただければと思います

展示目録 


チラシ(おもてうら


須田国太郎「静物(蔬菜)」1940年


須田国太郎「裸婦」1934年


長谷川利行「新宿風景」1937年







姫駕籠

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