江戸時代、朝鮮通信使の来日に際し、下蒲刈島が藩の接待所・玄関口として大歓迎をした記録が多く残されています。なかでも「安芸蒲刈御馳走一番」といわれたほどの歓待ぶりで、往時の記録をもとに全国から集めた食材を使っての豪華な膳を忠実に復元した展示は圧巻です。
 この資料館は明治中頃に建てられた富山県砺波地方の代表的な商家造りである「有川邸」を移築したもので、石置き屋根に豪壮な井桁組みを持つ重厚な建物です。
 このほか本陣とその付近を復元し、通信使の行列人形を配したジオラマ模型や、当時の通信使を再現した等身大の人形、さらに精密に再現された 1/10 の朝鮮通信使船の模型や全国から集めた朝鮮通信使に関連した「土人形」「張子人形」、通信使行列図や船団図など、往時をしのぶ資料を多数展示し、興味深く見学することができます。





展示案内

「誠信外交-通信使と国際交流」

2021年6月30日(水)~9月6日(月)

 外交を閉ざしていた江戸時代、徳川幕府は朝鮮国王と国書を交換することにより、唯一対等な友好関係を持っていました。朝鮮通信使は、将軍の代替わりなどの時に慶賀の使節として「信を通じる=信義を深める」ため朝鮮国書を携え日本に派遣された人たちの事を言います。江戸時代の朝鮮通信使は、1607年から1811年までの約200年の間に12回来日しました。この両国の友好関係の基礎となったのは「誠信(誠意の信義)」にあります。江戸時代中期に対馬藩に仕えた儒学者の雨森芳洲(1668~1755)は対馬藩主にあてた外交の指針書である「交隣提醒」の中で「誠信外交」の重要性を説き、現代の私達にも通じる国際交流のあり方を示していました。
 本展では、朝鮮通信使外交の基礎ともなった「誠信の交わり」について紹介します。

チラシ(おもてうら





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「山水図」 崔北
延享5(1748)年 紙本墨画淡彩




   
蒲刈本陣と通信使行列の模型   三汁十五菜   朝鮮通信使船模型