江戸時代、朝鮮通信使の来日に際し、下蒲刈島が藩の接待所・玄関口として大歓迎をした記録が多く残されています。なかでも「安芸蒲刈御馳走一番」といわれたほどの歓待ぶりで、往時の記録をもとに全国から集めた食材を使っての豪華な膳を忠実に復元した展示は圧巻です。  この資料館は明治中頃に建てられた富山県砺波地方の代表的な商家造りである「有川邸」を移築したもので、石置き屋根に豪壮な井桁組みを持つ重厚な建物です。  このほか本陣とその付近を復元し、通信使の行列人形を配したジオラマ模型や、当時の通信使を再現した等身大の人形、さらに精密に再現された 1/10 の朝鮮通信使船の模型や全国から集めた朝鮮通信使に関連した「土人形」「張子人形」、通信使行列図や船団図など、往時をしのぶ資料を多数展示し、興味深く見学することができます。

展示案内

御馳走一番館《馬上才 ―海外からの曲芸師》

期間:平成29年11月22日(水)~平成30年1月29日(月)

国書改竄かいざん事件により外交手腕が問われることとなった対馬藩主宗義成は3代将軍徳川家光から朝鮮で名高い馬上才の招請を要求されました。そして1635年に馬上才を呼ぶことに成功し見事外交手腕を証明しました。来日した馬上才は江戸城で将軍の観覧を受け、翌年の1636年の第4次朝鮮通信使より通信使の一員として6度来日しました。江戸での将軍の上覧後、庶民も観覧する機会があり、「朝鮮の馬上才が天下第一」と言われる程の人気を博し、その後の日本の絵画や工芸品の題材として愛されました。朝鮮での馬上才は19世紀末以降、武科試験の廃止により急速に衰えますが、日本では、京都の藤森神社の駈馬かけうま神事にその影響を現在も見ることが出来ます。 本展では、朝鮮との文化交流において重要な位置を占める馬上才に注目し、様々な資料から馬上才が与えた文化的影響を紐解きます。


「宝永華洛細見図」(宝永年間1704-8年)






   
蒲刈本陣と通信使行列の模型   三汁十五菜   朝鮮通信使船模型